相続放棄ができないケースとその対処法は?
亡くなった人に借金があるケースでは、相続放棄をすることで負債の相続をせずに済みます。
ただし、財産を受け継ぐこともできなくなる点に注意が必要です。
また、相続放棄をするためには、家庭裁判所に申し立てを行わなければなりません。
本記事では、相続放棄をすべき事例の紹介や失敗しない手続きのコツについてわかりやすく解説します。
相続放棄ができない・認められないケースはある?
遺産相続では、「プラスの財産」だけでなく「マイナスの財産」も引き継ぐことになります。
なかには、マイナスの財産のほうが多いというケースもあるでしょう。
そのような時、有効な手段となるのが「相続の放棄」ですが、相続放棄が認められないケースもあるので注意しなくてはなりません。
ここでは、相続放棄ができない理由としてよくあるものをご紹介します。
相続放棄とは
亡くなった人(被相続人)に財産がある場合、配偶者や子どもなどの相続人は「遺産相続」の手続きを行います。
ただし、相続する資産は、預貯金や不動産など金銭的価値のある「プラスの財産」ばかりとは限りません。
被相続人が亡くなる前に借金や未払金といった「マイナスの財産」を持っていた場合は、相続した人が返済の義務も受け継ぐことになります。
なかには、被相続人に借金が多く、相続によってかえって損害が出るというケースもあるでしょう。
そのような時に有効な解決方法となるのが、「相続の放棄」です。
「返済義務を負うくらいなら相続したくない」という場合は、相続の放棄を検討するのも良いでしょう。
よくある「相続放棄ができないケース」3つ
相続放棄は、家庭裁判所に申述書を提出するなど一定の手続きを必要とします。
手続きや書類に不備がないのに相続放棄できなかったというケースは、次の3つの理由に該当することがほとんどです。
ケース1:熟慮期間が過ぎた
相続放棄は、相続の開始を知った時から3ヵ月以内に行うこととされています。
相続の開始は、相続人が被相続人の死亡を知ったタイミングです。
この期間を「熟慮期間」と呼び、相続人は「遺産を相続するか、しないか」を決めなくてはなりません。
選択肢は次の3つです。
●相続における3つの選択肢
・単純承認:遺産を相続するという選択
・相続放棄:遺産のすべてを放棄するという選択
・限定承認:遺産と負債とを相殺した残額を相続するという選択
このうち、「相続放棄」と「限定承認」を選びたい時には、熟慮期間内に家庭裁判所にて所定の手続きを行う必要があります。
熟慮期間を過ぎてしまうと自動的に「単純承認」を選択したことになり、あとから相続放棄を申述しても却下されるでしょう。
必ず期間内に申述を行うことが大切です。
ケース2:相続財産を処分した
被相続人の遺産を処分してしまった相続人は、熟慮期間内であっても相続放棄を選ぶことはできません。
相続が終わっていない財産は、一時的に相続人の共有財産として保留されています。
それを処分するということは、「その相続人が該当財産を取得して、自分のものとして扱った」として法律上単純承認したとみなされるわけです。
これを「法定単純承認」といいます。
法定単純承認が成立する可能性がある主な事例は、次の通りです。
●財産の処分とみなされる可能性が高い行為
・相続財産の全部あるいは一部の売却や譲渡、名義変更(登記変更)、使い込みなど
・被相続人名義の預貯金口座の解約や払い戻しなど
・相続財産である不動産の改修、取り壊しなど
・相続財産を故意に損壊、破棄、隠匿など
・被相続人名義の債務や請求書に対する支払い
相続財産の現金化や譲渡だけでなく、生前に利用した医療費・介護費用の支払い、家賃などの滞納分精算も財産の処分とみなされることがあります。
被相続人名義で請求された料金を被相続人の預金などを使って支払うと、財産の処分に該当するというわけです。
ただし、被相続人の葬儀に関連する費用は遺産から差し引くことが可能で、財産処分の対象外とされています。
ケース3:遺産分割協議書に署名をした
遺産分割協議とは、相続財産の分割方法について相続人同士で話し合うことです。
遺産分割協議に参加して遺産分割協議書に署名することは、「自分は相続人である」と認めて相続を承認したと表明することになります。
たとえ、遺産分割協議で「何も受け取らない」ことを選択しても、法律上の相続放棄とは異なり返済義務から逃れることはできません。
すでに相続放棄が受理されていても、財産を処分したり遺産分割協議書に署名したりすると法定単純承認が成立します。
そうなると、相続放棄は取り消されてしまうことを覚えておきましょう。
相続放棄をしたほうが良い事例は?
相続放棄は、マイナス財産の放棄だけでなく、プラス財産も一切受け取ることができなくなります。
それでも相続放棄を選択すべき主な事例は、下記の3つです。
事例1:被相続人の負債額が大きい
負債の額が大きく、明らかに遺産の額を上回る場合は、相続放棄を念頭におくべきケースでしょう。
被相続人の財産と債務を徹底的に洗い出して一覧表を作り、最終的にプラスになるのかマイナスになるのかをしっかり確認することが大切です。
負債額がわからない時は「限定承認」という選択肢も
限定承認は、相続財産の範囲で債務返済を行うという選択です。
負債額が遺産額を上回っていても不足分を自腹で返済する必要はなく、返済後の残額は相続できます。
ただし、相続人全員の同意を得た上で手続きをする必要があるため、相続人の数や関係性によっては難しくなるかもしれません。
負債と生命保険
生命保険の死亡保険金は、予め指定されている受取人の「固有財産」のため、相続放棄をしていても受け取ることができます。
たとえば、被相続人の債務を3000万円、相続人を受取人に指定した死亡保険金を5000万円と仮定してみましょう。
相続放棄を選択した場合は債務返済の義務がないため、受取人は死亡保険金5000万円を受け取れます。
相続(単純承認)を選択した場合、死亡保険金で債務を返済すれば保険金の残額は2000万円です。
ただし、遺産を相続する権利は残っています。
どう判断することが最善策なのかは、遺産の内容や金額によっても異なるため一概にはいえません。
それぞれのパターンによって、慎重に検討しましょう。
事例2:被相続人が他人の保証人になっている
相続において相続人が承継するものには、法的地位も含まれます。
そのため、被相続人が亡くなる前に誰かの「保証人」になっていた場合は、相続人がその地位を受け継ぐこととなります。
被相続人が保証人であることがわかった場合は、速やかに「何の保証人なのか」を調査しましょう。
その保証内容が多額であり、万一の場合に返済することが容易ではないと判断した場合は、相続放棄を視野に入れて検討すべきケースとなります。
事例3:相続に関わりたくない
債務の有無ではなく、とにかく相続に関わりたくないと考える人もいるでしょう。
被相続人と相続人の関係、相続人同士の関係性、トラブルや問題に巻き込まれる不安があるなど、様々な理由が考えられます。
しかし、関与したくないからと被相続人死亡の知らせを放置するのは得策とはいえません。
すべての相続人の同意が得られないと相続手続きが進まないため、他の相続人はなんとかしてコンタクトを取ろうとするでしょう。
また、被相続人に債務があった場合は返済義務を負うというリスクもあります。
関与したくない時こそ、相続放棄が有効です。
相続放棄をする際の期限や注意点
相続人は、熟慮期間内に「単純承認・相続放棄・限定承認」を選択しなければなりません。
しかし、身内が亡くなった混乱のなかでの3ヵ月は、思いのほか早く過ぎていきます。
「財産状況の調査や相続人同士の話し合いがスムーズに進まない」、「期限が迫ってもなお、どうすべきか決定できない」ということもあるでしょう。
その場合は、家庭裁判所に熟慮期間の延長を申し立てすることが可能です。
相続の承認または放棄の期間の伸長
熟慮期間を延長したい時は、家庭裁判所に「相続の承認または放棄の期間の伸長」の申述書を提出します。
申述書では、「被相続人の相続財産を調査しているものの、被相続人は生前幅広く事業を行っており相続財産が各地に分散しているため法定期間内に判断することが困難な状況です」というように、申し立て理由を詳しく説明しましょう。
熟慮期間の伸長の申し立ては、熟慮期間中に行わなければなりません。
3ヵ月の期限が過ぎてしまったあとは、「相続放棄」も「熟慮期間の伸長」も申し立てることができない点に注意が必要です。
相続放棄が認められなかった場合の対処法
法定単純承認が成立したことを理由に申述が棄却された場合、基本的に覆すことはできません。
ただし、承認されなかった理由が熟慮期間を過ぎたことである場合、例外的に認められる可能性があります。
ここでは、それについてお話ししておきましょう。
「相続開始」のタイミングが異なる場合
熟慮期間は、相続人が相続の開始(被相続人の死亡)を知った時から3ヵ月です。
通常は被相続人の死亡日と同日であることが多いですが、必ずしもそうとは限りません。
たとえば、次のようなケースでは実際の死亡日より数日経過してから知るということもあるでしょう。
・相続人が海外などに暮らしており日常的に連絡を取る関係ではないケース
・家族関係の不仲により他の相続人に対して連絡先を教えていないケース
・相続人自身が治療中で、心身の状態を心配した家族が知らせなかったというケース
つまり、被相続人の死亡を知ったタイミングが、実際の死亡日と離れていても不自然ではないという正当な事情があれば、熟慮期間をずらせる可能性があるというわけです。
相続財産がないと信じていた場合
また、相続発生時に相続人が「被相続人には遺産がない」と信じていたケースでも例外が認められる可能性があります。
この場合は、下記のような「被相続人に遺産がないと信じており、そう信じることに過失がない」という事情が必要です。
・被相続人と完全な没交渉で生活の様子をまったく知らなかったケース
・被相続人の生活の様子が非常に質素で、遺産があるように思えなかったというケース
いずれも、申述人の事情説明を家庭裁判所に認めてもらう必要があります。
法律論に従った論理的な釈明ができなくてはならないため、弁護士や税理士などプロのサポートを受けることも視野に入れておくと良いでしょう。
手続きについて詳しく解説
ここからは、相続放棄の申述手続きの流れについて、相続開始後の準備を含めて説明します。
ステップ①遺言書の有無や内容の確認
遺言書がある場合は、その内容に従って財産を分割することになるため、自分自身が負債を引き継ぐとは限りません。
遺言書には、財産目録や管理者名、負債について被相続人が生前準備した返済方法などが記載されている可能性もあります。
遺言書があるかどうか、あるのならどのような内容か、早い時点で確認することが大切です。
ステップ②相続人の確定
相続の権利を持つ人については、民法によって範囲と順位が定められています。
被相続人の配偶者は、常に相続人です。
その他の相続人は、子ども、被相続人の親、被相続人の兄弟姉妹の順で、配偶者とともに相続の権利を持ちます。
自分は相続人なのか、他に誰が相続人になるのかといったことを確認しておきましょう。
ステップ③相続財産の調査
相続財産がどのくらいあるのか、債務の有無や内容について徹底的に調べます。
見落としなく正確な財産状況を把握するためには相応の時間がかかるため、できるだけ早めに取りかかりましょう。
ステップ④相続放棄申述書の作成と提出
相続放棄申述書を作成し、必要書類とともに被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に提出します。
申述に必要な書類等は下記の通りです。
●相続放棄申述に必要な主な書類
・相続放棄の申述書
・被相続人の住民票除票または戸籍附票
・申述人(放棄する人)の戸籍謄本
・被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
・収入印紙(800円)
・連絡用郵便切手
申述人と被相続人との関係によって、さらに追加書類が必要な場合もあります。
戸籍などの資料調達が間に合わない場合は、申述後に追加提出することも可能です。
3ヵ月の期限が迫っている時などは、とにかく期間内に申述書を作成して提出しておきましょう。
回答書の作成
申述書を提出すると、裁判所から内容についての照会があります。
これは、相続放棄は他の相続人の利害にも影響を与えるため、詐欺や強迫、あるいは誤解による申述を防ぐ目的での確認作業です。
質問に対する回答書を作成して、家庭裁判所に返送しましょう。
ステップ⑤受理通知が届く
回答書の返送、追加書類の提出などが終わると、家庭裁判所で審査が行われます。
「相続放棄受理通知書」が届けば、相続放棄手続きが承認されたということです。
受理証明書の発行
相続放棄受理通知書は、「受理をしました」という通知で再発行ができません。
債権者などに提出を求められた場合は、コピーをとるか、「相続放棄受理証明書」を提出します。
相続放棄受理証明書は、家庭裁判所に申請すると発行可能です。
1件あたり150円の収入印紙が必要ですが、複数部の発行ができるため、必要な場面に合わせて申請しましょう。
相続放棄を失敗しないためのポイント
相続放棄は、自ら撤回することができません。
そのため、十分に情報を集め、慎重に検討する必要があります。
以下に、相続放棄で失敗しないためのポイントをまとめました。
熟慮期間を厳守する
上記の通り、熟慮期間を過ぎた場合の対処方法もありますが、それでも認められない可能性はあります。
相続放棄を確実に行うための対策として、「熟慮期間を守る」「間に合わないのなら、伸長申述をする」ことが大切です。
相続財産を使わない
相続財産の処分とみなされる範囲は広く、故意ではなくとも該当してしまう恐れがあります。
相続放棄を考えている相続人は、被相続人の財産に一切関わらないほうが良いでしょう。
相続放棄するとどうなるかを知っておく
相続放棄をすると申述人の相続権は失われ、「最初から相続人ではなかった」ことになります。
申述人が相続するはずだった「遺産の取り分」は、他の相続人が受け取るというわけです。
この仕組みを十分に理解しておかないと「思っていた結果と違う」という失敗につながります。
いくつかの事例を紹介しましょう。
失敗例1:迷惑かけるつもりはなかったのに
被相続人の相続人であるAさんは、被相続人の負債が大きいため相続放棄をすることにしました。
Aさんはひとりっ子で、母(被相続人の配偶者)や祖父母(被相続人の親)はすでに亡くなっています。
自分が相続放棄すればそれで終わりだと考えていたAさんは、誰にも知らせず相続放棄の手続きを終えました。
ところが、後日、叔父(被相続人の兄弟)から「負債が回ってきた」と怒りの連絡があったのです。
事前に相談や連絡をしておけばよかったのですが、Aさんは相続人の権利が「被相続人の子ども、父母、兄弟姉妹」の順で移動することを知りませんでした。
このように、相続放棄がきっかけで親戚との関係が一気に悪化してしまいかねません。
自分以外の相続人の把握と、放棄したあとの対応について考えておくことも重要です。
失敗例2:わが子に財産を譲りたかったのに
被相続人の次男であり、相続人の1人となるBさんには、被相続人よりも先に亡くなっていた兄(被相続人の長男)がいます。
今回の相続で長男が取得する分の遺産は長男の子が代襲相続すると聞き、自分もわが子に譲ろうと相続放棄することにしました。
しかし、その結果、長男の子の取得割合が増え、Bさんの子どもは何も相続できませんでした。
被相続人の死亡以前に亡くなっている子どもがいる場合、相続の権利はその直系卑属(子や孫)に代襲されます。
しかし、相続人の意思で相続を放棄した場合は、代襲は行われません。
順位が同じ相続人がいる場合は、その人の相続分に加算されます。
今回のケースでは、Bさんが相続放棄した分の「取り分」が長男のものとなり、長男の子は「長男の分+次男(Bさん)の分」を代襲することとなったわけです。
相続放棄のご検討は慎重に
相続放棄の手続き自体は、それほど複雑ではありません。
しかし、相続放棄をすべきかどうかの判断、相続放棄をした場合の義務や権利、デメリットの把握などは、専門の知識がないと難しいのではないでしょうか。
また、熟慮期間を過ぎた場合の対処や申告についても、プロを頼るほうが安心です。
遺産相続では資産移動や相続税の納付など、多額なお金が動きます。
相続税法と相続手続きの専門知識を兼ね備えた税理士ならば、相続放棄を選択すべきかどうかといった問題について、客観的な判断を行うことが可能です。
また、節税対策など損をしないための方法についても適切なアドバイスが期待できるでしょう。
相続放棄は受理されてしまうと撤回ができません。
専門的な意見を取り入れて慎重に検討することをおすすめします。
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