生前贈与、現金を渡した場合はばれる?
生前贈与を現金の手渡しで行った場合、贈与税の対象にはならない可能性があるという話を聞いたことがあるでしょうか。
しかし、これはまったくの誤解です。
現金の手渡しだろうと生前贈与を行った場合は労働の対価である場合を除いて金額に応じて贈与税の対象となり、申告と納税の義務を負います。
現金で手渡しをすれば、税務署の目をかいくぐれるわけではありません。
本記事では、現金の手渡しが税務署にばれる理由と無申告や申告漏れに課されるペナルティ、生前贈与を行う際の注意事項について解説します。
生前に現金をまとめて渡していくと、税務署にばれる?
生前贈与とは、財産の所有者が生きているうちに他の人へ財産を譲る行為です。
一般に財産には、預貯金や有価証券、住宅をはじめとする家屋や土地などの不動産、宝石貴金属、書画骨董品、家財など、金銭的価値のあるすべてのものが含まれます。
もちろん、現金も財産のうちの1つです。
生前贈与において、現金を手渡しすることは法的には何ら問題はありません。
しかしながら、現金での贈与は証拠が残らないから贈与税を払わなくて良いと考えているのなら、それは大きな間違いです。
申告漏れや無申告は、毎年3000件以上指摘されている
国税庁では、毎年、贈与税の税務調査等の実施状況を公表しています。
2023年(令和5年)12月に公表された「2022(令和4)事務年度における相続税の調査等の状況」によると、贈与税の申告漏れや無申告の指摘状況は次の通りです。
●贈与税事案に対する実地調査の状況 2022(令和4)事務年度
実地調査件数:2907件
申告漏れ等の非違件数:2732件(うち無申告は2263件)
申告漏れ課税価格:206億円
追徴課税:79億円
同様のデータを財産別に見ると、指摘を受けた財産で最も多いのは「現金・預貯金等」の2004件で、全体の約70%を占めています。
では、追徴課税額はいくら課せられているかと言うと、隠そうとした財産高や逃れようとした税額高に応じるため、一概には言えません。
しかし、納税額を減らしたいと画策した結果、適正税額を超え納税する羽目に陥ったことがわかります。
コロナ禍を脱し、調査件数も増加傾向に
平成期には、毎年3000件以上実施されていた贈与税に対する税務調査ですが、コロナ禍によって一時的に減少していました。
直近で最も調査件数が少なかったのは、2020年(令和2年)の1867件(うち非違件数1769件)となっています。
前年度の2019年(令和元年)は調査件数3383件(うち非違件数3217件)ですから、半数近くまで減っているわけです。
しかしながら、2021年(令和3年)では調査件数が2383件(うち非違件数2225件)となり、2022年(令和4年)は先ほどご案内した通り2907件まで増加しています。
今後は、平成期のように3000件台が続くことになるのではないでしょうか。
なぜばれる?生前に現金を渡せばばれる理由
贈与税に関する申告漏れや無申告の指摘は、贈与の直後には行われません。
そのため、「ばれなかった、上手く隠した」と感じる方もいるでしょう。
しかし、相続の発生や不動産売買などをきっかけに資産状況が明らかになり、かつての生前贈与が掘り起こされて指摘を受けるのです。
「今頃、なぜ、ばれてしまったのか」 なぜなら、税務職員は個人の資産状況について積極的に情報収集を行い、あらゆる機会を通じて財産移転の把握に努めているからです。
では、税務署の持つ調査能力について、どのようなものがあるのかを確認しておきましょう。
国税総合管理システム(KSK)
国税総合管理システムとは、国税債権の一元管理システムです。
全国の国税局と税務署をネットワークで結び、納税者の申告・納税の実績、法定調書、各種関連情報などを電子データ化して適切に管理しています。
これらの情報を分析すると「収入の割りに預貯金額が少ない」「年齢や収入の割に資産が多い」「収入以上の買い物をしている」といった違和感をピックアップして対応することが可能です。
事務処理の高度化・効率化とあわせて、税務調査対象者の選定や滞納整理対象事案の抽出にも活用できるでしょう。
法定調書とは
法定調書とは、税法の規定により税務署への提出が義務づけられている資料のことです。
法定調書は種類が多く、63種類もありますが、そのうちの代表的な調書には次のようなものがあります。
・給与所得(退職所得)の源泉徴収票
・公的年金等の源泉徴収票
・生命保険契約等の一時金(年金)の支払調書
・損害保険契約等の満期返戻金等(年金)の支払調書
・不動産の譲受けの対価の支払調書、不動産等の売買の支払調書
・公社債等の利子等の支払調書
・株式の配当等の支払調書
・投資信託の分配の支払調書
・国外送金等調書、国外証券移管調書、国外財産調書
金融機関への取引照会
贈与税の税務調査で最も多い指摘対象は、先ほどお伝えした通り「現金・預貯金等」の申告漏れです。
キャッシュレスサービスが充実した昨今でも現金の需要に変わりはなく、まとまった現金を自宅に置いているという話は珍しくありません。
しかし、その現金の出所は、誰かの銀行口座などであることがほとんどです。
高額のお金を現金で受け取り一度も口座に預けることなく使い切るという生活は、現実的ではないでしょう。
つまり、最長10年間の被相続人や子・孫の金融機関を調べると、残高のほか、いくらの入金・出金があったのかを把握でき、いくらの出費があったのか、いくらの使途が不明なのか、計算して概要を把握することが可能だというわけです。
取引照会のオンライン化
税務署は強力な調査権限を持っており、国税徴収における調査を的確に実施するため金融機関への取引照会を実施することができます。
2021年(令和3年)1月からは、オンライン照会サービスが導入されました。
オンラインに変更される以前は、文書による照会を行っており、回答を得るまでに数週間以上も必要でした。
そこでオンライン化を実施したことにより、行政サイドはもちろん金融機関サイドも照会業務の効率化と負担の軽減が実現し、わずか数日で回答を得られるようになったのです。
税務調査
税務職員によってピックアップされた違和感は、さまざまな事前調査を経てから、納税者に対する調査へと進みます。
まずは、お尋ねの文書が届くので、質問に回答してから返送しましょう。
それでもなお、税務職員が納得できなかった場合は、実地調査へと移ることになります。
つまり税務調査へと進んでいる時点ですでに最後の段階に来ており、詳細な調査が必要なほどに疑われているというわけです。
質問検査権
税務調査担当者には、質問検査権という強力な権利があります。
税務調査では、実地調査前に連絡があり、調査の対象となる帳簿や通帳などの提示・提出をするように指示されることがほとんどです。
この求めがあったにもかかわらず、正当な理由なく該当の書類の提出を拒否をしたり、虚偽の記載をした帳簿書類等を提示したりした場合には、以下の罰則が科されることになるでしょう。
●質問検査権の拒否に対する罰則
1年以下の懲役、もしくは50万円以下の罰金
税務調査は「確認作業」
前出の調査報告によると、実地調査件数2907件のうち、実際に申告漏れ等が指摘された件数は2732件と高くなっています。
つまり、「違和感」が的中する確率は、約94%にものぼるということです。
動き始めるまでに、調査担当者はすでにある程度の確証を持っています。
現地で行われるのは自分たちの疑いが正しいことのチェックであり、「確認作業」だと知っておきましょう。
生前に現金を渡した場合、贈与税の申告が必要
現金に限らず、財産の贈与を行った場合は贈与税の申告が必要です。
ただし、贈与にはいくつかの非課税措置が用意されており、適用を受けた部分には税金がかかりません。
ここでは、現金の手渡しによる生前贈与で利用できる非課税措置について説明しましょう。
課税対象外となる現金贈与
財産の性質や贈与の目的によっては、そもそも課税対象から外れるものもあります。
具体例は以下の通りです。
●生活費や教育費
夫婦間や親子など、扶養義務者から取得した財産で、生活費や教育費として必要だと認められるもの
●香典・祝儀など
香典や花輪代、ご祝儀、見舞金などのうち、社会通念上、相当だと認められる金額
例えば、父母と子、祖父母と孫などの間で、大学の入学費用や必要な教材購入費に充てることを目的とした生前贈与があった場合などは、非課税で受け取れる可能性が高いと言えます。
しかしながら、教育費としてもらっておきながら、実際は使わずに貯金しておいたような場合は、非課税の枠に入る贈与とはみなされず、贈与税がかかる点に注意が必要です。
贈与税の基礎控除
先ほど述べた通り、贈与税は、毎年1月1日から12月31日までの1年間に受け取った贈与財産合計額から、基礎控除110万円を差し引いた金額を課税対象とします。
わかりやすく言うと、年間110万円を超えると翌年の確定申告の期間に申告を行うことになりますが、年間110万円までは贈与税がかからず、申告も不要だということです。
この課税制度を暦年課税あるいは暦年贈与と言います。
相続加算に注意
贈与者が死亡して相続が開始した場合、贈与税がかからなかった生前贈与が相続税の対象となるリスクがあることに注意が必要です。
具体的には、以下の条件で行われた生前贈与財産は相続財産として「相続税」の課税対象となります。
●相続加算の対象
【贈与者】相続における被相続人(亡くなった人)
【受贈者】この相続により遺産を受け取った相続人、あるいは遺贈を受けた受遺者
【対象となる生前贈与】
・相続開始より3年以内の生前贈与財産:すべて
・相続開始より4年から最長7年以内の生前贈与財産:合計額から100万円を控除した金額
贈与税の申告漏れがばれた時のペナルティ
現金の手渡しに限らず、本来納めるべき贈与税を納めずにいた場合、税務署の調査能力によって発覚するケースがほとんどです。
そうした場合は「申告漏れ」あるいは「無申告」として、下記のペナルティ税が課されることになります。
ペナルティ税1:延滞税
法定納期限を過ぎたものの本人が自身で申告を行った場合は、遅れてしまった分の延滞税を支払うことになります。
原則として、法定納期限の翌日から納付する日までの日数に応じて課され、税率は下記の通りです。
●延滞税の税率
・納期限後2ヵ月以内:2.4%
・納期限後2ヵ月以降:8.7%
ペナルティ税2:過少申告加算税
申告すべき期間に行った申告において、申告漏れがあった場合に課されるペナルティです。
正当な理由がある場合は、不適用とされる場合もあります。
●過少申告加算税の税率
・期限内に申告した税額と50万円いずれか多い金額を超える部分:15%
・上記以下の部分:10%
ペナルティ税3:無申告加算税
法定納期限内に申告せず、税務調査等で指摘を受けてから申告を行った場合に課されるペナルティは、無申告加算税です。
●無申告加算税の税率
・50万円以下の部分:15%
・50万円超300万円以下の部分:20%
・300万円超の部分:30%
ペナルティ税4:重加算税
仮装隠蔽があった、金額が大きい、常習的であるなど、悪質な脱税行為だと判断された場合に課されるペナルティが重加算税です。
●重加算税の税率
・悪質な申告漏れの場合:35%
・悪質な無申告の場合:40%
刑事罰:懲役10年以下、1000万円以下の罰金
上記に挙げたペナルティ税は、あくまでも行政罰です。
脱税は民法によっても裁かれるリスクが高いことを忘れてはいけません。
相続税法による罰則
・正当な理由のない申告漏れや無申告:1年以下の懲役、もしくは50万円以下の罰金
・指摘されてなお納税しない場合:5年以下の懲役、もしくは500万円以下の罰金、あるいはその両方
※逃れた税額が500万円を超える場合:罰金の額を500万円以上逃れた税額以下とすることができる
・悪質な脱税:10年以下の懲役、もしくは1000万円以下の罰金、あるいはその両方
※脱税額が1000万円を超える場合:罰金の額を1000万以上脱税額以下とすることができる
脱税に至る経緯によっては、詐欺罪などが加わる可能性もあるでしょう。
懲役や罰金等の刑事罰は、たとえ執行猶予がついたとしても前科として罪の記録が残ります。
税を納めないということは、重大な犯罪行為なのだと理解しましょう。
生前贈与を現金で行う時の注意点
ここまでの記事によって、現金による生前贈与は、けっして贈与税から逃れやすい行為などではないことを理解していただけたかと思います。
税金から逃れようとしたことが発覚すると、追徴課税によってかえって納税額が増えてしまうばかりか、状況によっては刑法によって裁かれることになりかねません。
納税は国民の義務です。
とはいえ、適正な範囲で工夫することで税金を節約することはできます。
不正行為をするよりも、非課税制度を使って節税対策を講じるほうが、結果的に得をすることになるでしょう。
ここからは、生前贈与を現金で行う際の注意点を解説します。
契約書の作成
暦年贈与の項目で書いた通り、年間110万円以下の贈与であれば贈与税はかかりません。
また、学校にかかる費用などの教育資金や生活に必要な資金も贈与税の対象から外れます。
これらの生前贈与を現金の手渡しで行うこと自体は、正当な行為です。
しかし、現金での手渡しは何のためにいくら贈与したのかがわかりにくく、逆に税務署からの問い合わせを受ける可能性があります。
「目の前で孫の喜ぶ顔が見たい」、「家族にお金の大切さを感じて欲しい」など、現金で渡したい理由がある場合は、贈与の事実と金額を明らかにするために契約書を作成しておくと安心です。
契約書に記載する事項
贈与契約書には決まった書式はありませんが、以下の項目については必ず記載するようにしましょう。
●贈与者と受贈者の情報
贈与する者(甲)と、受け取る者(乙)、双方の住所、氏名を記載して押印します。
受贈者が未成年者の場合は、親権者による同意を示すために親権者の署名と押印も必要です。
●贈与の日付
「吉日」のように曖昧な日付ではなく、明確な年月日を記します。
●贈与の内容
現金を贈与する場合の例文は次の通りです。
第1条 甲は、現金100万円を乙に贈与するものとし、乙はこれを承諾した。 第2条 甲は、第1条にもとづく現金100万円を手渡しし、乙は受け取った現金を過不足なく次の口座に預け入れるものとする。 |
本来ならば、後に証明する必要が生じた時に備えて、贈与者の預金口座から受贈者の預金口座に振り込むと双方の通帳に記録は残ります。
契約書を作成し贈与額を明記し、受贈者は受け取った金額のまま銀行などの預金口座に入金して記録を残すことが大切です。
正しく節税したいなら、プロへ相談!
人生とは結婚や住宅の取得、子育てなど、お金がかかるものです。
子や孫などが困った時に贈与によってサポートしてあげたいと思う親は少なくないでしょう。
そんな思いやりで渡したお金の内、かなりの分を税金に取られてしまうことは、できれば回避したいと思うのは自然ではないでしょうか。
しかし、たとえ現金の手渡しによる生前贈与でも、税金を避けることはできません。
ですから、基礎控除を上手く利用することを考えましょう。
基礎控除を上手く利用して、非課税による贈与を行うほうが、確実に納税額を節約できます。
脱税は違法行為ですが、節税は法律に則った正しく有効な工夫です。
ただ、それぞれの財産状況や誰に贈与したいかによって、適正な節税対策は異なります。
自分のケースでは、どのような方法で生前贈与をしたら最大に節税となり、相続税対策ができるのかを考えたいなら、相続税・贈与税・税務調査対策を得意とする税理士を探すと良いでしょう。
また、現在すでに現金による生前贈与を重ねてしまった段階で、税務調査でのやり取りが怖いという方も、税の専門家である税理士に相談してサポートしてもらうのがおすすめです。
弁護士、司法書士など数ある法律関連の資格の中で、税理士だけが税務に携わることができ、税務調査に対して効果的な意見書を作成することができます。
税理士は、税に関するトラブルを解決するプロなのです。
悪意なく、勘違いで生前贈与を行っていたという方も、指摘を受ける前のタイミングで税理士に相談しておきましょう。
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