公正証書遺言とは?証人の立ち会いのもと、安心して相続対策を行うための準備
法務省の調べによると遺言書を作成する人は年々増加しており、最も多い作成理由は亡くなった後に「自分の考える通りに財産を分配したいため」で、全体に占める割合が85.8%となっています。
しかしながら、遺言書にはそれぞれ法律によって定められた方式があり、方式に従っていない遺言書は効力を発揮することができません。
そこで、今回は毎年約10万件も作成される公正証書遺言について、その方式やメリット・デメリット、作成手順などをくわしく解説します。
「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の違いは?
遺言書には、法律によって厳格な方式が定められています。
一般的に用いられる遺言方式は「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類です。
まずは、3つの方式について概要を見ていきましょう。
自筆証書遺言
自筆証書遺言は、最も手軽に作成できる遺言書です。
概要 | ・遺言者が、全文、日付、氏名を自筆で記し、実印を押して作成 ※財産目録部分はパソコン作成可、通帳コピー可、ただし全ページに署名と押印が必要 |
保管先 | ・遺言者自身が管理 |
費用 | ・無料 |
家庭裁判所の検認 | ・未開封のまま家庭裁判所に提出し、検認を受ける必要がある |
自筆証書遺言は、自分ひとりで自由なタイミングで作成できる反面、自己流で作成してしまい誤った書き方や方式不備で無効になるリスクがあります。
法務局の自筆証書遺言保管制度
2020年(令和2年)から、方式的な基準を満たす自筆証書遺言を法務局で保管する制度が始まりました。
この制度により、改ざんや紛失防止、検認省略、方式不備リスクを低減するというメリットはありますが、法律上無効になる恐れについては軽減されていない点に注意しましょう。
公正証書遺言
公正証書遺言書は、最も安全で確実な遺言書です。
概要 | ・証人2人の目前で遺言者が遺言内容を公証人に口授し、専門の公証人がそれをまとめて作成したもの |
保管先 | ・原本を公証役場にて保管 ・全国の公証役場から、遺言書の有無を検索できる |
費用 | ・遺言で扱う財産額に応じた公証人手数料+諸手数料 |
家庭裁判所の検認 | ・不要 |
公証人は、中立・公正な立場で国の公務を担う実質的な公務員です。
裁判官や検察官、弁護士、あるいは長年法務事務に携わった人などで、高度な法的知識と豊富な法律実務の経験を持っています。
つまり、公証人が関わった上で作成され公証役場に保管される公正証書遺言書は、法的無効リスクがほとんどない安全で確実な遺言書だというわけです。
秘密証書遺言
秘密証書遺言書とは、遺言の内容を秘密にしたままで誰の遺言書なのかを証明する方式です。
概要 | ・遺言者が署名押印の上で封印した遺言書を、2人以上の証人が立ち会う場で公証人に提出し、遺言者の遺言書である証明を受けたもの ・作成は自書による必要はなく、パソコン利用や第三者の代筆でも可 |
保管先 | ・遺言者自身が管理 |
費用 | ・一律 1万1000円 |
家庭裁判所の検認 | ・未開封のまま家庭裁判所に提出し、検認を受ける必要がある |
公証人が立ち会いますが遺言書の開封はできないため、方式的な不備や法的無効リスクは自筆証書遺言と同程度となります。
また、公証役場での保管はできず、法務局の自筆証書遺言保管制度の対象からも外れるため、遺言者自身が保管しなければなりません。
公正証書遺言のメリットとデメリット
ここからは、公正証書遺言のメリットとデメリットをひとつずつ解説します。
公正証書遺言のメリット
まずは、メリットから紹介します。
公正証書遺言は、下記に挙げるようによい面の多い遺言方式です。
安全確実
公正証書遺言では、遺言者の家族に対する思いや遺産相続の希望などを公証人がまとめて遺言書を作成してくれます。
法知識の豊富な公証人が、法律的に無理のないようにきちんと整理して書いてくれるため、無効になるリスクがほとんどありません。
もちろん、方式の不備を指摘される恐れもないため、他の遺言方式と比べて最も安全で確実な遺言方法だというわけです。
病気やケガ、障がいのある人でも作成できる
公正証書遺言は、遺言者の意思にそって公証人が書くという方法をとっています。
そのため、病気やケガ、障がい、高齢などで文字の筆記が困難な人でも、問題なく遺言書を用意できるのです。
●署名や押印が難しい
上記の理由で署名や押印も難しいという場合、公正証書遺言にその旨を理由と共に書けば、公証人が代書や代わりに押印してもよいと法によって認められています。
●聴覚や言語機能に障がいがある
公正証書遺言は、原則として、遺言者が「口頭」で伝える内容をもとに公証人が作成し、作成後に公証人が遺言者に「読み聞かせて」相違がないことを確認するという方式です。
しかし、2009年(平成21年)の法改正で、手話通訳や筆談等を用いて作成することが認められるようになりました。
そのため、聴覚や言語機能に障がいがある人でも、公正証書遺言を作成することができます。
●入院中、介護施設に入所中でも出張してもらえる
公正証書遺言は通常は公証役場で作成しますが、別途、交通費や出張費用を支払うことで公証人に出張してもらうことも可能です。
遺言者が病気やケガ、高齢などで外出しづらい状況でも、遺言者の自宅、病院、介護施設、老人ホームなどで公正証書遺言を作成することができます。
偽造や改ざん、隠匿等の恐れがない
完成した公正証書遺言の原本は公証役場で保管され、遺言者は正本や謄本を持ち帰ります。
相続人などの利害関係者が、遺言者が保管する遺言書を改ざんしたり破棄したり、あるいは隠してしまったりしても、原本は安全な場所で保管されているため影響はありません。
紛失の恐れがない
もし遺言者本人が遺言書を紛失してしまっても、原本が公証役場で保管されている限り安心だといえるでしょう。
原本から正本や謄本を再交付できるからです。
また、原本は電子データとしても保存されているため、万が一、災害等で原本、正本、謄本がすべて失われたとしても復元できるようになっています。
遺言登録・検索システムにより探しやすい
1989年(平成元年)以降に作成された公正証書遺言は、すべて「遺言登録・検索システム」で管理されています。
公正証書遺書を確認するのに遺言者が登録した公証役場に行く必要はありません。
全国どこにいても最寄りの公証役場から検索できる点も大きなメリットです。
一般に、遺産相続では、遺言書の有無によって相続方法がまったく異なるため、相続開始後は真っ先に遺言書の存在を調査します。
遺言書に気づかず相続を進めてしまうと、後になって遺言書が発見され相続関連の手続きをすべてやり直すことになりかねません。
遺言書の有無を簡単に確認できる検索システムは、相続人の負担を減らす心強い味方となるでしょう。
検認が不要
公正証書遺言は検認の必要がないため、速やかに遺言を執行することができます。
●検認とは
検認とは、相続人に対して遺言の内容を知らせると共に、遺言書の形状、日付、署名、加除訂正の状態などを具体的に明確にする手続きです。
ただし、検認はあくまで開封後に改ざんされるのを防ぐために行うことであって、遺言の有効・無効を判断することはできません。
公正証書遺言のデメリット
公正証書遺言のメリットだけではなく、デメリットについても知っておく必要があるでしょう。
メリットとデメリットそれぞれを見比べて、自分にとって重要な要件は何なのかを判断することが大切です。
費用がかかる
公正証書遺言は、作成するために費用がかかります。
遺言の内容に対応した手数料の金額を算出するための方法は、次の通りです。
●内容に応じた手数料の計算方法
政令によって定められた公証人手数料を基準に、遺言に記載された目的ごとの金額を算出します。
目的の価額 | 手数料 |
100万円以下 | 5000円 |
100万円超、200万円以下 | 7000円 |
200万円超、500万円以下 | 1万1000円 |
500万円超、1000万円以下 | 1万7000円 |
1000万円超、3000万円以下 | 2万3000円 |
3000万円超、5000万円以下 | 2万9000円 |
5000万円超、1億円以下 | 4万3000円 |
1億円超、3億円以下 | 4万3000円+超過額5000万円ごとに1万3000円 |
3億円超、10億円以下 | 9万5000円+超過額5000万円ごとに1万1000円 |
10億円超 | 24万9000円+超過額5000万円ごとに8000円 |
遺言加算 ※全体の財産が1億円以下の場合 | 1万1000円 |
1億2000万円の遺産を配偶者(妻・夫)1人に相続させるという遺言の手数料は、4万3000円です。
遺産総額が1億円を超えるため、遺言加算はかかりません。
総額1億円の遺産のうち、6000万円を長男、4000万円を次男に相続させるという遺言の手数料は、「長男:4万3000円+次男:2万9000円=7万2000円」となります。
遺産の合計額が1億円以下のため遺言加算があり「7万2000円+遺言加算1万1000円=8万3000円」になるというわけです。
証人が必要
公正証書遺言には、手続きが正確に行われたことを証明するために証人2人の立会いが義務づけられています。
ただし、①未成年者、②推定相続人(遺言者が死亡した場合に相続人になる人)、③遺贈を受ける者、④推定相続人及び遺贈を受ける者の配偶者及び直系血族等は、証人になることができません。
適切な人が見当たらない場合は、公証役場で証人を紹介してもらいましょう。
手間と時間がかかる
公正証書遺言の作成にあたっては公証役場に出向く必要があり、一定の手順が必要なため、数日から数週間の時間がかかります。
思い立った時きにすぐ作成できる自筆証書遺言と異なり、ハードルが高いと感じる人もいるでしょう。
実際の手順については、次項でお話しします。
作成する際の注意点や流れについて
公正証書遺言を作成するための流れは、次の通りです。
①依頼の準備
②公証人への相談、依頼
③遺言作成
では、具体的な手順と注意すべきポイントについて解説します。
①依頼の準備
公正証書遺言は、公証人を交えて遺言作成についての相談や打ち合わせを行うのが一般的です。
相談はすべて無料ですが、「どのような遺言にすべきか」という点について公証人に相談することはできません。
遺言者自身が、事前に検討しておく必要があります。
遺言内容のメモを作成する
遺言者がどのような財産を所有しているのか、どの財産を誰にどのような形で相続(遺贈)させたいのかといった事項を、可能な限り簡単なメモや一覧表などに書き起こしておくと良いでしょう。
遺言内容の整理にも役立ち、相談もスムーズに運びます。
必要書類の準備をしておく
公正証書遺言の作成では下記の資料を持参する必要があります。
必ず時間のある時に取得しておきましょう。
●基本的な必要書類
・遺言者本人の印鑑登録証明書(3ヶ月以内に発行されたもの)
・遺言者本人の運転免許証、パスポート、マイナンバーカードなどの顔写真付身分証明書
・遺言者と相続人の続柄がわかる戸籍謄本
・相続人以外に遺贈する場合は、その人の住民票
・不動産がある場合は登記簿謄本、固定資産評価証明書または固定資産税・都市計画税納税通知書(課税明細書)
遺言の内容によっては、上記に加え、追加資料が必要なケースもあります。
また、遺言者が証人を準備する場合は、証人予定者の氏名、生年月日、住所、職業のメモも必要です。
②公証人への相談、依頼
公証役場に電話やメールなどでコンタクトを取り、打ち合わせの予約を行いましょう。
打ち合わせの時点では、証人の同席は不要です。
打ち合わせでは、遺言者のメモや必要書類に基づいて、公証人が公正証書遺言の案を作成します。
納得できるまで修正と調整をくり返すため、打ち合わせが数回に渡るケースも少なくありません。
決定案が完成したら、公正証書遺言作成の日取りを調整して、打ち合わせは完了というわけです。
③遺言作成当日
当日は、次の手順に従って公正証書遺言を作成します。
1.証人2人の前で、遺言者が改めて遺言内容を口頭で告げる
2.公証人は、それが遺言者の真意であることを確認し、原本を遺言者と証人2人に読み聞かせる
3.遺言者と証人は、遺言内容に間違いがないことを確認し、原本に署名と押印を行う
4.公証人が、原本に署名と職印を押し、完成とする
5.原本は公証役場に保管され、遺言者には正本が渡される
正本の交付時に手数料を支払う
完成した公正証書遺言の正本を受け取る際に、作成手数料を支払うことになります。
公正証書遺言の案が確定した際に手数料額が伝えられますので、必ず当日までに現金で支払えるように準備しておきましょう。
相続トラブルを防ぐために、公正証書遺言の準備を
遺言書がある相続では、被相続人(=遺言者)の死後、遺言書に記載された遺言者の意思に従って手続きが行われます。
遺言書がない相続では、遺産をどのように分割するかを決めるために相続人同士で協議を行うことから、状況によっては大きな揉めごとになる恐れがあるのです。
そのため、親族間の紛争を防ぐための対策としても、遺言書の作成は有効だといえます。
遺言書で防げる主な相続トラブル4つ
遺言書の効力によって防げる主な相続トラブルを紹介しましょう。
あらかじめ遺産分割方法を指定できる
ひとりで残されることになる配偶者に自宅不動産を残したい、あるいは土地や家屋は長男に、預貯金は次男、宝石貴金属は長女に承継させたいといった遺産分割の方法を指定できます。
それにより、家族や親族による遺産の取り合いを防ぎ、相続争いを回避する効果が期待できるというわけです。
相続人以外の人に遺贈できる
お世話になった人に遺産の一部を渡したい、特定の団体に寄付をしたいといった最後の望みも、遺言なら実現させることができます。
トラブルを起こしそうな相続人を廃除できる
被相続人に対して虐待や侮辱を働いていた相続人がいる場合は、遺言によってその人から相続権を剥奪することも可能です。
これを、相続人廃除といい、廃除された相続人に直系卑属(子供、孫、ひ孫)がいる場合はその人に相続権が移動します。
相続人が認知症になった場合のトラブルを回避できる
高齢になるほど認知症になる可能性が大きくなるのは仕方のないことです。
もしも、相続人が認知症になった場合、遺言のない相続では次のような問題が発生しかねません。
●相続人が認知症になった場合
相続人同士で遺産分割について話し合うことを遺産分割協議といいます。
遺産分割協議では、相続人全員が参加する必要がありますが、一方で、判断能力が欠けている相続人が参加した遺産分割協議は無効になると定められています。
つまり、相続人が認知症によって判断力等が低下してしまった場合、遺産分割協議に参加しても参加しなくても協議が成立しないことになるのです。
相続を進めるためには、成年後見人制度の利用が必要ですが、不自由さや報酬支払いなど別の問題が生じるでしょう。
しかし、遺産分割について明記した遺言書があれば遺産分割協議を行う必要がないため、相続人が認知症になった場合でもスムーズに相続手続きができるというわけです。
遺留分には注意が必要
遺言者(被相続人)には、自分の財産を自由に処分する権利があります。
しかし、相続人にも遺産を相続する権利(遺留分)があるのです。
遺留分とは、相続人が相続財産のうち最低限取得できる割合のことで、民法によって決められています。
公正証書遺言であっても、遺留分を侵害することはできません。
取得遺産額が遺留分を下回った相続人には、遺留分侵害の原因となった相続や遺贈を受けた相手に対して、遺留分侵害額に相当する金銭を請求する権利があります。
遺留分を侵害したことによって遺言書が無効になることはありませんが、遺言者の意図とは異なるトラブルが生じる可能性があるということです。
遺言書を作成する際は遺留分に十分配慮しましょう。
公正証書遺言の作成をプロに依頼する
公正証書遺言は、方式や法的不備により無効になるリスクがない安全確実な遺言方法です。
しかし、本記事中でも説明した通り、どのような遺言にするかといった詳細については自分で考える必要があります。
そこで、公正証書遺言案の作成を、税理士や弁護士、司法書士といったプロに依頼することも検討してみてはいかがでしょうか。
特に、税理士は税の専門家として、相続税額をおさえるという視点から遺産分割の方法を考えてくれます。
遺留分などに配慮しながら、遺言者の希望と相続人の権利を両立させ、さらに税額も軽減させるといった条件の厳しい解決策も提案できるでしょう。
また、遺言書の作成だけでなく、遺言執行人として相続の実行をサポートすることも可能です。
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